国際法、揺らぐ信頼。ウクライナとイラン、二重基準が浮き彫りに
2022年のロシアによるウクライナ侵攻時、欧米からの非難は圧倒的だった。しかし、米国とイスラエルがイランを攻撃して以降、その声は著しく沈静化している。国際法という盾は、権力者の思惑によって、容易に脆くなる。
国際法の限界と、西側の二重基準
イランへの攻撃は、紛れもなく国際法に反する行為だ。国連憲章違反は看過できない。しかし、西側諸国の反応は、ウクライナ侵攻時とは対照的だ。スペインのサンチェス首相だけが声を上げるなど、その姿勢は孤立している。ノルウェーなど一部の国は国際法違反を指摘したが、それ以外の主要国は沈黙を保っている。
このギャップは、世界に「国際法」という概念に対する疑念を植え付けている。米国防総省のヘグセスス国防長官の「敵に情け容赦はない」という発言は、国際人道法に抵触する可能性が高い。レバノンへのイスラエル軍事攻撃も、イランを支援するヒズボラへの報復とはいえ、過剰な対抗措置であるとの指摘が相次いでいる。
イランも戦争犯罪を犯していることは否定できない。しかし、それをもって米イスラエルの責任が軽くなるわけではない。

国際法は、権力者の都合の良い時に変わる
国際法は、国家間の紛争を抑制し、平和を維持するための基盤となるべきだ。しかし、その適用は、常に政治的な思惑によって左右される。米国がイランに対してどのような行動を取るか、そして世界がそれをどのように受け止めるか。その行方こそ、国際法の未来を測るものとなる。
世界は、不確実な時代を迎えている。国際法は、その揺らぎを乗り越え、真に公正な秩序を築けるのか。その答えは、今、問われている。
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